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教科担任制は本当に学力を上げるのか? — 日本初の RCT が出した答え

千葉県 60 校のクラスターRCT(RIETI DP 25-J-029、2025)が小学校の教科担任制を初めて因果的に検証した。理科専科の加配は理科・算数双方の学力を上げたが、算数専科の加配は効果が確認できなかった。「どの教科を専科化するか」で結果が分かれる。

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目次(13)
  1. 「教科担任制で学力は上がる」と本当に言えるのか
  2. 千葉県 60 校のクラスターRCT
  3. 教科ごとに分かれた結果
  4. 理科専科群:理科だけでなく算数にも波及
  5. 算数専科群:学力にも非認知能力にも有意な効果なし
  6. 現場の感覚との符合 — 元小学校教員としての経験から
  7. 海外の RCT と比較する
  8. 政策にどう接続するのか
  9. 注意したいこと
  10. まとめ
  11. 参考資料
  12. 日本の研究・公式資料
  13. 海外の研究

「教科担任制で学力は上がる」と本当に言えるのか

日本の小学校で教科担任制の導入が進んでいます。文部科学省は 2022 年度から高学年(5・6 年生)で本格導入を始め、2024 年 12 月には小学校 4 年生への拡充を発表しました。狙いは教員の働き方改革と専門性の発揮、そして「中 1 ギャップ」の緩和です。

ところが「教科担任制 = 学力向上」と単純に結論付けてよいかは、長らく国際的にも結論が分かれてきた論点でした。2018 年の米国の RCT(Fryer, 2018)では、既存教員を専科化した結果、平均 -0.11 SD/年負の効果 が報告されています。担任との接触機会が減ったことが要因と解釈されました。

この「制度設計次第で効果の方向が変わる」テーマを、日本のデータで初めて因果的に検証したのが、2025 年に公表された RIETI Discussion Paper 「専科教員配置が学力に与える効果」(伊芸研吾・中室牧子・村川智哉・レ・クン・チエン)です。

千葉県 60 校のクラスターRCT

研究チームは、千葉県教育委員会の協力のもと、県下の小学校 60 校を 3 つの群に 無作為に割り付ける クラスターRCT を実施しました。

校数介入内容
理科専科群20 校理科専門のベテラン非常勤教員を加配
算数専科群20 校算数専門のベテラン非常勤教員を加配
統制群20 校加配なし

ここで重要なのは、専科教員が「学級担任を置き換える」のではなく「学級担任を維持したまま追加配置される」設計 だという点です。専科教員には定年退職した経験豊富な元教員を中心に採用しており、担任の勤務時間や子どもとの接触時間は介入によって減らない構造になっています。

これは Fryer (2018) のような「既存教員の役割を再編する」設計とは性格が異なり、日本研究の結果を読み解くうえでの前提になります。

教科ごとに分かれた結果

理科専科群:理科だけでなく算数にも波及

理科専科を加配した群では、児童の学力に 明確な向上効果 が確認されました。

  • 理科の学力: 0.153〜0.162 SD 有意に上昇
  • 算数の学力: 0.101〜0.108 SD 有意に上昇
  • 国語の学力: 変化なし

注目すべきは、理科専科の加配が算数の学力にも波及した ことです。理科で得た学習方略や思考のスタイルが他教科に転移した可能性、あるいは担任が理科の授業準備から解放されることで他教科に時間を振り向けられた可能性が考えられます。論文中では、児童の 「柔軟な学習方略」「自制心」など非認知能力の正の変化 も報告されています。さらに、担任教員自身の成長マインドセット にも正の効果が見られました。

算数専科群:学力にも非認知能力にも有意な効果なし

一方、算数専科を加配した群では、児童の学力にも非認知能力にも統計的に有意な効果は確認されませんでした。理科専科とは対照的な結果です。

著者はその要因を以下のように解釈しています。

理科は専門性が高く、教える教員側の不安感が強く、効力感が低い教科であることが知られている。この不安や効力感は経験年数とともに低下していくことが示されており、専科教員が比較的年齢の高いベテランの非常勤教員だったことが功を奏した可能性がある。 (RIETI DP 25-J-029, 要旨より)

つまり、「教科担任制か学級担任制か」の二択ではなく、「どの教科を、誰が、どう加配するか」が成果を左右する という構造です。担任が苦手意識を抱えがちな教科にベテラン専科を当てると効果が出やすく、担任の指導力差が小さい教科では加配の伸びしろが小さい、と読めます。

現場の感覚との符合 — 元小学校教員としての経験から

筆者は 2011 年から 2023 年まで小学校教員として勤務してきました。本研究の結果を読んで、自身の経験と重なる部分が多いと感じます。

私の勤務した地域では、国語と算数の校内研究や研究授業は盛んに行われていた一方、理科に関する校内研究はほとんどありませんでした。授業時数も国語・算数が多く、理科は相対的に少ない教科です。担任をしながらの理科の授業準備、特に実験を伴う高学年理科の準備は、教材準備・予備実験・安全配慮などで負担が大きく、「もう少し時間があれば」と感じることが多かった教科でした。

周囲の先生方の話を聞いても、理科への苦手意識を口にする方は少なくありませんでした。担任が全教科を抱えながら、研究授業の機会も少なく、専門性を高める場が限られている状況では、不安感を抱えやすい教科だったと言えます。

論文の著者が「理科は専門性が高く、教える教員側の不安感が強く、効力感が低い教科」と解釈していることは、現場感覚として腑に落ちる説明 です。小学校段階でも理科は専門性が必要だと感じる指導内容が多く、その教科にベテラン非常勤を加配することの効果が現場の構造から説明できる、という点で本研究の知見は理解しやすいと感じました。

加えて、理科の学習内容には測定・データ整理・グラフ化・誤差の扱いなど、定量的な活動が頻繁に登場します。論文中で直接検証されたメカニズムではありませんが、理科専科の加配が算数の学力にも波及した結果は、教科横断的な定量的経験の蓄積から説明できる可能性もある と、現場の感覚としては読み解けます。

なお、これは筆者の勤務地域・個人的経験に基づく観察であり、全国の小学校に一般化できるものではありません。地域・学校規模・教員配置によって実態が異なる可能性は十分にあります。

海外の RCT と比較する

教科担任制を巡る国際的なエビデンスは、設計によって結果が大きく異なります。

研究設計結果
Fryer (2018) 米テキサス州ヒューストン・公立小学校既存教員を専科化(担任時間を減らす)数学+読解の合成指標で平均 -0.11 SD/年
RIETI 2025 千葉県・公立小 60 校担任維持 + ベテラン非常勤を加配理科専科群で +0.15 SD(理科)・+0.10 SD(算数)

Fryer の研究では、担任との接触機会の減少が、専門性のメリットを上回ったと解釈されています。日本の RIETI 研究は、この負の効果を回避する設計を採ったうえで、教科ごとの差を浮き彫りにした、と整理できます。

政策にどう接続するのか

文部科学省は 2024 年 12 月に小学校 4 年生への教科担任制拡充を発表し、令和 7 年度予算案で財務省と合意済みです。中央教育審議会も 2024 年 8 月の答申で小学校中学年(3・4 年生)への拡大方針を打ち出しています。RIETI 研究の知見は、この政策展開に対して 2 つの示唆を与えます。

  1. 「どの教科に専科を当てるか」が成果を左右する:画一的に「全教科で教科担任制」と進めるより、担任の不安感が強い教科(論文上は理科)から優先するほうが、効果が出やすい可能性があります。文部科学省「義務教育 9 年間を見通した教科担任制の在り方について(報告)」(2021)が 外国語・理科・算数・体育 を優先教科として示しており、研究結果はこの方針と整合的です。
  2. 少人数学級政策と比べた費用対効果:論文では、理科専科による学力向上効果を少人数学級政策と比較すると、約 1/12 のコスト で同等の成果が得られると試算されています。少人数学級の効果と費用対効果については 少人数学級にどれだけの効果があるか? でも整理しました。

注意したいこと

  • 本研究は 千葉県という単一自治体・短期介入 の結果であり、全国一般化には追試が必要です
  • 専科教員はベテラン非常勤(定年退職教員等)であり、全国規模で同質の人材を確保できるか は未検証の論点です
  • 算数専科群で効果が確認されなかった結果は、「算数の専科化は無意味」を意味するのではなく、「ベテラン非常勤の加配では、算数の学級担任との指導力差が小さく差が出なかった」と読むべきです
  • 教員人材市場のあり方(現職教員の再雇用、教員養成大学との連携)も含めて、設計と運用の両輪での検討が必要になります

まとめ

教科担任制は「やれば学力が上がる制度」ではなく、「どう設計するか で結果が分かれる制度」だと、日本初の RCT は示しました。

担任を維持したままベテラン非常勤を加配し、担任が苦手意識を抱えやすい教科(本研究では理科)に重点を置く設計では、理科だけでなく算数の学力、児童の非認知能力、担任のマインドセット にまで正の効果が確認されました。一方、海外で行われた「担任を置き換える」設計では負の効果が報告されています。

文部科学省が小学校中学年への拡大を進める今、本研究の知見は政策議論の重要な材料になります。何より、小学校の教科担任制という政策テーマについて、ランダム化比較試験という信頼性の高い手法で因果効果が検証された こと自体が、エビデンスに基づく教育政策の重要な一歩と言えるでしょう。

参考資料

日本の研究・公式資料

海外の研究

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本コラムで言及した指導法の詳細ページ。エビデンスの強さと効果量を確認できます。

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