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35 人学級への移行
日本では 2021 年度から段階的に小学校の学級上限が 40 人から 35 人に引き下げられ、2026 年度からは中学校でも段階的に 35 人学級が実施されます(令和 8 年度: 中 1、令和 9 年度: 中 1・2、令和 10 年度: 中 1〜3)。教員の負担軽減と子どもへのきめ細かい指導を目的とした政策です。
少人数学級の推進は直感的に「良いこと」に感じますが、学力効果と費用対効果 の観点からエビデンスはどう評価しているでしょうか。
古典的 RCT — テネシー STAR プロジェクト
少人数学級の代表的な大規模 RCT は、米国テネシー州で 1985–1989 年に実施された STAR プロジェクト(Student Teacher Achievement Ratio) です(Finn & Achilles, 1990 が初期結果を報告)。
- 規模: 79 校、K〜3 学年、4 年間で延べ約 11,600 人(初期 K コホート 6,328 人が無作為割当)
- 条件: 小規模学級(13〜17 人)、通常学級(22〜26 人)、通常学級 + 教員補助者
- 結果: 小規模学級の子どもは通常学級の子どもより 有意に高い学力 を示し、特に読解で効果が大きかった
STAR は学級規模縮小の効果を「人数を減らせば伸びる」側で実証した最重要研究です。
EEF Toolkit の冷静な評価
一方で、STAR 以降に積み重なった多数の研究を統合した EEF Toolkit の Reducing class size は、やや冷めた評価を示しています。
- 効果量: +1 ヶ月(Toolkit 内で低位)
- コスト: ¥¥¥¥¥(最も高い — 教員増員を伴うため)
- 費用対効果: 低い
効果がないわけではありませんが、同じ予算で別の指導に投じれば、もっと大きな効果が得られる というのが EEF の総評です。
費用対効果で比較すると
同じ予算をどこに使うかで、得られる効果は大きく変わります(効果量はすべて EEF Toolkit)。
| 介入 | 効果 | コスト | 費用対効果 |
|---|---|---|---|
| 学級規模の縮小 | +1 ヶ月 | ¥¥¥¥¥ | 低い |
| フィードバック | +6 ヶ月 | ¥ | 非常に高い |
| 少人数指導(一時的・対象を絞る) | +4 ヶ月 | ¥¥¥ | 中程度 |
| メタ認知の指導 | +8 ヶ月 | ¥ | 非常に高い |
学級全体の人数を恒常的に減らすより、必要な場面で一時的に少人数を作る(対象児童を選ぶ少人数指導)方が費用対効果は高いというのが研究の示唆です。
現場の観点 — 「人数減」で変わる教員の業務量
EEF の費用対効果評価は 学力効果に対する評価 ですが、現場で働く教員の観点からは 業務量と心理的・肉体的負担 という別の軸があります。本サイトの執筆者(元小学校教諭、2011 年から小学校勤務)の経験では、学級の人数が数人減るだけで、日々の業務量に体感で大きな差 が出ます。とくに小学校では:
- テストの採点: 教科数が多く、単元末・期末・漢字・計算などテストの機会が頻繁。1 枚数十秒の採点でも、人数が減れば時間と集中力の消耗が直接的に減る
- 指導要録・通知表の記述: 所見欄・評定の記入は 1 人あたり数分〜の作業の積み重ね。人数が減ると一人ひとりに割ける記述の質と時間が変わる
- 配布物・提出物の日常処理: 連絡帳、健康観察、諸届、集金、プリントの配布 / 回収など、毎日発生する「1 人あたりの事務」が積算される
こうした負担の軽減は、EEF のような学力指標には現れにくいものの、教員の健康と持続可能な教育運営 に直結します。執筆者の立場からは、人数を減らすことそれ自体に価値が高いと感じています。
ただし、教員不足の現在地 で論じたように、現実には 35 人化自体の実施が困難な地域・学校 が出ています。教員採用倍率が過去最低を更新し、学期途中に代替が見つからない状況では、「少人数学級で得た余裕を高効果の指導に振り向ける」設計以前に、定員どおりの配置が維持できない ケースが現場では生じています。
考えたいこと
35 人学級の推進を否定するわけではありません。教員の負担軽減 は、教員の健康と持続可能な教育運営のために重要です(関連: 教員不足の現在地)。
ただし、「人数が減れば自動的に学力が上がる」と期待するなら、その前提には留意が必要 です。
人数が減ったことで生まれた余裕を次のように 意識的に設計する ことが、少人数学級の効果を最大化する鍵です。
まとめ
- テネシー STAR(K〜3 の 4 年間・79 校・延べ約 11,600 人)では、小規模学級(13〜17 人)の学力効果が有意に確認 された — 少人数学級そのものには効果がある
- ただし EEF Toolkit は他の多数の研究を統合した結果、+1 ヶ月(コストは最大) と費用対効果を低く評価
- 同じ予算でフィードバック(+6 ヶ月)・メタ認知の指導(+8 ヶ月)・少人数指導(+4 ヶ月)に投じる方が効果が大きい
- 35 人学級の意義は 教員の負担軽減 が中核。小学校ではテストの採点・指導要録・通知表・配布物処理など「1 人あたりの事務」が多く、人数減の体感効果は大きい
- 学力向上を主目的にするなら、生まれた余裕を 高効果の指導 に振り向ける設計が必要
- 一方、教員不足により 定員どおりの配置が維持できない 現実があり、35 人化自体が運用上難しくなっている地域・学校も存在する
参考資料
- Finn, J. D., & Achilles, C. M. (1990). Answers and questions about class size: A statewide experiment. American Educational Research Journal, 27(3), 557–577. — テネシー州 STAR 計画(大規模 RCT)の初期結果報告。小規模学級 13〜17 人の効果を実証した古典。
- Reducing class size. Education Endowment Foundation, Teaching and Learning Toolkit. — 学級規模縮小は +1 ヶ月、コストに対して効果は限定的と評価。
- Small group tuition. Education Endowment Foundation, Teaching and Learning Toolkit. — 特定の子を対象とした少人数指導は +4 ヶ月、学級全体の縮小より費用対効果が高い。
- Feedback. Education Endowment Foundation, Teaching and Learning Toolkit. — 形成的評価・フィードバックで +6 ヶ月(エビデンスが堅牢)。
- Metacognition and self-regulation. Education Endowment Foundation, Teaching and Learning Toolkit. — メタ認知と自己調整学習で +8 ヶ月(355 研究のメタ分析)。