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「ラーニングピラミッド」の定着率は本当なのか? — 「5%〜90%」の数字と「経験の円錐」との取り違えの現在地

「講義は 5%、人に教えると 90% 定着する」というラーニングピラミッドの数字には、たどれる一次研究がありません。数字のないエドガー・デールの「経験の円錐」に後から数値が付けられ、デールの研究と取り違えられたものです。ただし、これは能動的な学びそのものの否定ではありません。数字の問題と、指導法のエビデンスを切り分けて整理します。

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目次(12)
  1. 研修でよく見るあの図
  2. ピラミッドの主張内容
  3. 数字に一次研究がない
  4. エドガー・デール「経験の円錐」との取り違え
  5. 日本での広まり方 —「文科省が進める」という語られ方
  6. ⚠️ 切り分け — 数字の否定は、能動的な学びの否定ではない
  7. 教室で何をすべきか
  8. まとめ
  9. 本シリーズの位置づけ
  10. 参考資料
  11. 日本の研究
  12. 海外の研究

研修でよく見るあの図

教員研修、大学の FD、教職課程のテキスト、EdTech の資料。さまざまな場面で、こんな三角形の図を見たことがあるのではないでしょうか。

上から「講義 5%」「読書 10%」「視聴覚 20%」……と続き、一番下の「人に教える」で「90%」になる —— 学習方法ごとに「平均学習定着率」が並んだ、あの図です。ラーニングピラミッド(Learning Pyramid)、あるいは「学習定着率」の図と呼ばれます。

この図は、しばしば「アクティブ・ラーニングの理論的根拠」として紹介されてきました。土屋(2018)によれば、アメリカの企業研修や教育界でも広く用いられ、参加者の 9 割以上が「知っている」という調査もあるほど浸透しています。

しかし、この「定着率」の数字には、たどれる一次研究が存在しません。本コラムでは、南山大学の土屋耕治による論考(2018)を中心に整理します。

ピラミッドの主張内容

現在流布しているラーニングピラミッドは、上から下へ次のように「平均学習定着率」を割り当てています。

学習方法「定着率」として示される数字
講義(Lecture)5%
読書(Reading)10%
視聴覚(Audio-Visual)20%
デモンストレーション(Demonstration)30%
グループ討論(Discussion Group)50%
自ら体験する(Practice by Doing)75%
人に教える(Teaching Others)90%

そして「下にいくほど能動的で、定着率が高い」という序列を示し、下半分(自ら体験する・人に教える)を「アクティブ・ラーニング」と結びつけて紹介するのが典型的な使われ方です。

以下で見るとおり、これらの数字と序列は、いずれも根拠をたどることができません。まずは「数字はどこから来たのか」から整理します。

数字に一次研究がない

この図の出典は、しばしば「NTL(アメリカ国立訓練研究所)」とされます。しかし、その NTL 自身が数字の根拠を示せていません。

土屋(2018)によれば、Lalley & Miller(2007)が数値の根拠となる調査の詳細を求めて NTL に問い合わせたところ、NTL は次のように回答したといいます。

このモデルは、1960 年代前半に使用されていた。数値は正確であると考えているが、元となるデータを持っていない

つまり、出典とされる当の機関が「元データはない」と認めているのです。「10% 刻み」のきれいな数字がどのような調査から得られたのか、誰も示すことができません。

数字の最も古い記載として土屋(2018)が挙げるのは、意外にも 1913 年のモンテッソーリ教育の紹介記事(Haskell, 1913)にある一節です。そこには「10 聞いたうち 2 しか覚えない。10 見たうち 5 を覚え、10 触ったうち 7 を覚え、10 行なったうち 9 を覚える」という表現がありますが、これは格言のようなものであって、実証研究に基づくものではないと土屋は指摘します。

起源を一点に断定できませんが、少なくとも確かなのは、「調査によって測定された定着率」ではないということです。

エドガー・デール「経験の円錐」との取り違え

ラーニングピラミッドは、教育学者エドガー・デール(Edgar Dale)の**「経験の円錐」(Cone of Experience、1946)**に由来するとも紹介されます。しかしここに、大きな誤解があります。

土屋(2018)が明確に指摘するとおり、デールの「経験の円錐」に % の数字は付いていません

デールの円錐は、視聴覚教材を「直接的・具体的な経験」から「言語的象徴のような抽象的な経験」まで並べた、抽象度の連続を表す図でした。「定着率のランキング」ではありません。デール自身、層どうしの重なりを認め、抽象的な教材と具体的な経験を組み合わせて初めて効果が上がると述べています。

つまり、もともと数字のなかったデールの図に、後から誰かが数字を付け、序列に読み替えたものが、現在のラーニングピラミッドです。これは「デールが間違ったモデルを作った」という話ではなく、第三者による取り違えの問題です。実際、2014 年には米国の専門誌 Educational Technology が特集号を組み、このモデルを「Corrupted Cone(崩壊した円錐)」と呼んで検証しています(土屋 2018 が紹介)。

念のため付け加えると、最も効果が高いとされる「人に教える」という段さえ、土屋(2018)によれば NTL の初期モデルには存在せず、後から加わったものです。数字も序列も、継ぎ足されてできたものだと言えます。

日本での広まり方 —「文科省が進める」という語られ方

日本では、この図が「文部科学省が進めるアクティブ・ラーニングの根拠」として語られることがあります。ここは慎重に切り分ける必要があります。

土屋(2018)が紹介するとおり、日本でラーニングピラミッドを広めたのは、主に民間の書籍・研修・学習塾・大学のウェブページです。これらが「アクティブ・ラーニング型授業がよいことの根拠」としてこの図を用いてきました。

一方、文部科学省の公式資料でラーニングピラミッドが根拠として使われていることは確認できません。文科省が「主体的・対話的で深い学び」を掲げたことと、民間がこの図を持ち出したことは、別々の出来事が後から結びつけられたものと見るのが妥当です。むしろ文科省(2017)は、指導法を「一定の型にはめ」て授業の技術改善に終始することへの懸念を表明しており、最終的な学習指導要領では「アクティブ・ラーニング」という語自体を用いていません。

「文科省がピラミッドを提唱した」という説明は、根拠が見当たりません。

⚠️ 切り分け — 数字の否定は、能動的な学びの否定ではない

ここが本コラムで最も重要な点です。ラーニングピラミッドの数字を否定することは、「能動的な学びには効果がない」「講義は無意味だ」ということでは決してありません。

能動的な関与そのものには、別系統の確かなエビデンスがあります。

  • Freeman ら(2014)は、大学の STEM(理数・工学)分野の 225 研究メタ分析し、能動的学習を取り入れた授業では試験成績が平均 +0.47 標準偏差(SD) 高く、講義中心の授業では受講生が 1.5 倍 落第しやすい(不合格率 33.8% 対 21.8%)と報告しました。

ただし、これは大学の理数系が対象であり、小学校にそのまま一般化できるわけではありません。また Freeman らの言う「能動的学習」は、講義を廃止することではなく、講義に問いかけやグループ活動などの関与を組み込むことを指します。

小学校を含む指導法のエビデンス(EEF Teaching and Learning Toolkit)を見ても、能動的な要素は支持されています。

一方で、ピラミッドが示す一列の「序列」は支持されません。「自ら体験する(75%)がグループ討論(50%)より上」といった順位づけには根拠がなく、「体験」と一括りにされる活動の効果には幅があります。たとえば構造のない発見学習やプロジェクト型学習(PBL)は効果が限定的で、条件によっては負の影響も報告されています(詳細は姉妹コラム 「主体的・対話的で深い学び」は本当に効果があるのか?)。指導法の効果は内容と設計しだいで変わり、「体験させれば伸びる」という単純な一次元の序列は成り立ちません。

そして、講義や直接的な指導も無意味ではありません。明示的な 直接教授法+5 ヶ月 の効果が報告されており、特に背景知識の少ない子どもに有効だとされています(土屋 2018 も Lalley & Miller 2007 を引きながら、講義の効果が不当に低く見積もられる危険を指摘しています)。

否定されるのは、あくまで**「5%〜90% という具体的な数字」と「一列に並んだ序列」**であって、能動的な学びでも、講義でもありません。

教室で何をすべきか

ラーニングピラミッドの数字を根拠に指導法を選ぶ必要はありません。数字を外しても、エビデンスに支えられた選択肢は十分にあります。

大切なのは「どの段が上か」ではなく、それぞれの指導法を、どんな内容で、どう実施するかです。学習の効果は、学習者・環境・教師・内容が複雑に関わって決まります(土屋 2018)。一次元の序列に還元できるものではありません。

まとめ

  • ラーニングピラミッドの「5%〜90%」という定着率には、たどれる一次研究がない。出典とされる NTL 自身が「元データを持っていない」と認めている(土屋 2018)
  • エドガー・デールの「経験の円錐」に % の数字は付いていない。抽象度の連続を表す図に、後から数値が付けられ序列に読み替えられた 取り違え であり、デール本人の研究ではない
  • 日本で広めたのは主に民間の書籍・研修・塾・大学のウェブページで、「文科省が提唱した」という説明は確認できない
  • ただし数字の否定は、能動的な学びの否定ではない。協同学習(+5)・メタ認知(+8)・口頭言語の指導(+6)、大学 STEM では Freeman 2014 の +0.47 SD が支持される。講義・直接教授法も無意味ではない(+5)
  • 否定されるのは 具体的な数字と一列の序列 であって、指導法そのものではない

本シリーズの位置づけ

本コラムは「定説再検証シリーズ」の 1 本として、ラーニングピラミッド(経験の円錐)を再検証しました。数字や図が「科学的な裏付け」をまとって広まる構図は、シリーズの他のテーマとも共通します。「学習スタイル」は本当に効果があるのか? では VARK と meshing 仮説を、「多重知能理論」は指導法として使えるのか? では MI 理論を、「グリット」は本当に大事なのか? では心理学発の概念のメタ分析での再評価を扱っています。

参考資料

日本の研究

  • 土屋耕治 (2018). ラーニングピラミッドの誤謬 — モデルの変遷と “神話” の終焉へ向けて. 人間関係研究(南山大学人間関係研究センター), 17, 55–73. — 流布するラーニングピラミッド・初期 NTL モデル・デールの「経験の円錐」の 3 つを整理し、数値の根拠のなさと取り違えの経緯をたどった論考。NTL 自身が元データを持たないこと、デールの図に数字がなかったこと、「人に教える」が後から加わったことなどを一次資料に即して指摘している。本コラムはこの論考を中心に構成した。なお土屋(2018)は、本モデルを “神話” として批判する国内外の文献(Lalley & Miller 2007; Subramony, Molenda, Betrus & Thalheimer 2014; Benjes-Small & Archer 2014; Strauss 2013 ほか)を多数参照している。

海外の研究

  • Freeman, S., et al. (2014). Active learning increases student performance in science, engineering, and mathematics. Proceedings of the National Academy of Sciences, 111(23), 8410–8415. — 大学 STEM 分野の 225 研究のメタ分析。能動的学習で試験成績が平均 +0.47 SD 高く、講義中心では 1.5 倍落第しやすい(不合格率 33.8% 対 21.8%)。ピラミッドの数値とは別系統の、能動的な関与を支持するエビデンスとして参照した(対象は高等教育の理数系であり、小学校への一般化には留意)。
Series

シリーズ: 定説再検証

全5回シリーズの第5回です。

  1. 第1回

    「グリット」は本当に大事なのか? — メタ分析以後の位置付け

    一時期もてはやされた「やり抜く力」は、2017 年以降のメタ分析で効果が限定的で、しかも既存の性格特性「誠実性」とほぼ重なることが示された。教育現場での扱い方を、エビデンスを踏まえて整理する。

  2. 第2回

    「学習スタイル」は本当に効果があるのか? — VARK と meshing 仮説の現在地

    「視覚タイプの子には図、聴覚タイプの子には説明」という考え方は、2008 年に「適切なエビデンス基盤は存在しない」と結論されて以降、複数の RCT・系統的レビューで繰り返し否定されてきた。それでも世界の教員の 9 割が信じている現状を、エビデンスを踏まえて整理する。

  3. 第3回

    教師の期待とラベルは子どもの未来を決めるか — ピグマリオン効果とラベリング理論の現代評価

    教師の期待は本当に子どもを伸ばすのか。ピグマリオン効果とラベリング理論は、自己成就的予言という共通祖先を持つ。原典実験の追試失敗と現代評価を踏まえ、教員の含意は「正の期待で持ち上げる」より「負の期待で押さえつけない」に重心がある。

  4. 第4回

    「多重知能理論」は子どもの「個性」を分類できるのか — 8つの知能と構成概念妥当性の現在地

    日本では「個性を伸ばす」「多様な学び」の根拠として教員養成やキャリア教育で広く引用される多重知能理論。だが知能の神経的な相関も標準的な測定法も見つからず、近年は「神経神話」として整理されている。学習スタイルとは別物であること(ガードナー自身が明言)と、知能をテスト得点に還元しないという貢献は保ちつつ、エビデンスを踏まえて整理する。

  5. 第5回 ・ この記事

    「ラーニングピラミッド」の定着率は本当なのか? — 「5%〜90%」の数字と「経験の円錐」との取り違えの現在地

    「講義は 5%、人に教えると 90% 定着する」というラーニングピラミッドの数字には、たどれる一次研究がありません。数字のないエドガー・デールの「経験の円錐」に後から数値が付けられ、デールの研究と取り違えられたものです。ただし、これは能動的な学びそのものの否定ではありません。数字の問題と、指導法のエビデンスを切り分けて整理します。

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