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格差は「いつ」生まれるのか
本サイトの日本編コラム 教育格差はエビデンスでどこまで見えるのか では、松岡亮二・中室牧子の研究を軸に「学力格差は小学校入学時に既にある」ことを整理しました。これは、ある時点を輪切りにして格差の 存在 を示す横断的な見方です。
一方で、「その格差が学年とともにどう 広がっていく のか」という縦断的な問いには、日本の大規模データではまだ答えにくいところがあります。この空白を、英国の新しい全国データ分析が部分的に埋めてくれます。本コラムは、日本編と対になる「国際・縦断編」です。
英国「Growing Apart」が分解したもの
英国の教育政策研究所 EPI(Education Policy Institute)が、教育基金財団 EEF(Education Endowment Foundation)と連携して 2026 年に公表したのが、レポート「Growing Apart: the evolution of the disadvantage gap」です。著者は Hunt, Perrott, Jiménez & Robinson の 4 氏です。
このレポートは、イングランドの全国児童データベース(NPD)2023/24 年度を使い、経済的に不利な家庭の子ども(無償給食の対象歴などで定義)と、そうでない子どもの学力差が、次の 4 段階でどう生まれ・累積するかを統計的に分解(decomposition)しています。
- 就学前(5 歳・EYFS)
- 小学校終了(11 歳・KS2)
- GCSE(16 歳・中等教育修了資格試験・KS4)
- 16-19 教育
ここで一点、読み方の注意があります。原典は「本分析の推定はすべて 相関であり因果ではない(associative rather than causal)」と明記しています。「この要因が格差を 生んだ」のではなく、「格差と統計的に 結びついている」要因を切り分けた分析だ、という前提で読む必要があります。
格差は段階的に広がる
最も基本的な発見は、格差が学年とともに一貫して広がることです。不利な子どもの「遅れ」は、就学前の 4.6 ヶ月 から、小学校終了時の 10.1 ヶ月、GCSE 時点の 17.9 ヶ月 へと拡大します。
注目したいのは、段階によって「格差がどこまで説明できるか」が変わる点です。GCSE 時点では、格差の 87% が不利な子どもの観察可能な特性(過去の学力・出席・SEND の有無など)で説明されます。ところが就学前では、説明できるのは 30% にとどまります。残る 7 割の背景には、家庭環境・就学前の保育・児童福祉との関わりなど、行政データに表れにくい要因があると原典は述べています。つまり 幼いほど、学校データだけでは格差の正体が見えにくい ということです。
鍵は「11 歳までの学力」
では、思春期に広がる格差を最もよく説明するものは何か。原典が繰り返し示すのは、早い段階での学力(prior attainment) です。
GCSE 時点の格差のうち 44% は、5 歳・7 歳・11 歳という早い段階での学力差によって説明されます。ここは誤読しやすいので慎重に書きます。これは「格差の 44% が小学校段階で 新たに発生する」という意味ではありません。「後の格差を説明する要因として、すでに早い段階で現れていた学力差が 44% を占める」という、統計的な分解の結果です。言い換えれば、思春期の格差の多くは、それ以前の学力の低さを引き継いだものだということです。
個別の段階で見ても傾向は一貫しています。5 歳時点の学力は小学校終了時の格差の 40% を占め、GCSE 段階では 11 歳時点の学力が最大の寄与要因(6.8 ヶ月)、7 歳時点の学力もそれに上乗せして寄与します(1.6 ヶ月)。16-19 段階に進んでも、それ以前の学力が格差の大半を説明し続けます。
この積み重なりから、原典は重要な示唆を引き出しています。早い段階で学力を高めておくことは、後の段階での格差拡大に対する 「防御因子(protective factor)」 として働きうる、というものです。早期に手を打つことには、その時点の格差を縮める効果だけでなく、後の拡大を抑える 効果も期待できる、という読み方です。
なお原典は、この 44% を「5 歳で何%・7 歳で何%」と年齢ごとに細かく割り振ることには慎重です(各時点の学力指標が互いに重なり合うため)。あくまで早期の学力全体が まとめて 44% を説明する、という枠で捉えるのが正確です。
欠席の影響は学年とともに増す
学力の次に大きい要因が、欠席を中心とする学校生活の途絶(disrupted schooling)です。これは学年が上がるほど重みを増します。格差への寄与は、小学校終了時で約 5 分の 1(21%) ですが、GCSE 時点では約 3 分の 1(34%) にまで高まります。
しかも不利な子どもは、欠席が多いだけでなく、同じ 1 日休んだときの学力への打撃も大きい と分析されています。欠席日数の多さと、1 日あたりの影響の大きさが二重に重なる構図です。これは「欠席をただ責める」話ではなく、なぜ休まざるを得ないのか(家庭の事情・健康・通学のしづらさなど)という背景に目を向ける必要があることを示しています。
日本の文脈でどう読むか
ここで強く確認しておきたいのは、英国のデータをそのまま日本に当てはめることはできない という点です。教育制度も、「不利」の定義(無償給食の対象歴)も、データの作り方も日本とは異なります。数字そのものは英国の話として受け取る必要があります。
そのうえで、構造として日本の研究と響き合う部分があります。
- 横断と縦断の補完 — 松岡亮二の研究は、日本でも学力格差が 入学時点で既にある ことを示しました(横断的)。Growing Apart は、その格差が学年とともに どう累積するか を分解しました(縦断的)。両者は対になります。
- 早期への含意 — 早い段階の学力が後の格差を強く規定するという発見は、就学前から低学年の指導の重みを裏づけます。本サイトの戦略では、就学前教育への介入(+6 ヶ月)、読みの基礎を支える フォニックス(+5 ヶ月)、話し言葉の指導(+6 ヶ月)、数の基礎の指導(+7 ヶ月)が対応します。
- 家庭要因の受け皿 — 就学前の格差の多くが行政データに表れない家庭要因にあるという発見は、家庭学習への保護者の関与(+4 ヶ月)や、長期休業中の 夏休みの学力低下 対策の意義を示します。
- 欠席はチームで — 欠席の背景には家庭や健康の事情があることが多く、担任一人で抱える問題ではありません。スクールソーシャルワーカー(SSW) や関係機関と連携する「チーム学校」の枠組みで対応するのが現実的です。
格差を「家庭の責任」に帰せば学校が動かない言い訳になり、「学校の努力不足」に帰せば教員の過剰負担を招きます。家庭でしか打てない手・学校でしか打てない手・社会制度でしか打てない手 を分けて考える点は、日本編コラムと共通します。
現場の感覚 — 元小学校教員の視点から
本サイトの執筆者(元小学校教諭、2011 年から小学校勤務)の経験でも、低学年のうちから読み・書き・数の手応えに差が見え、その差が学年が上がるほど開いていく感覚はありました。Growing Apart の「早期の学力が後を規定する」という分解は、この肌感覚と矛盾しません。
ただし、これはあくまで特定の勤務地域での個人的な経験に基づく印象であり、一般化できるものではありません。確かなエビデンスとしては、本文で挙げた研究そのものを参照してください。
まとめ
- 英国 EPI/EEF「Growing Apart」は、社会経済的な学力格差が就学前 4.6 ヶ月 → 小学校終了 10.1 ヶ月 → GCSE 17.9 ヶ月と 段階的に拡大 することを全国データで分解した
- GCSE 格差の 44% は 5・7・11 歳の早期の学力で説明される(「44% が小学校で発生する」ではなく「早期の学力差が後の格差を説明する割合」)。早期の学力は後の拡大への 防御因子 として働きうる
- 欠席の寄与は小学校終了時の 21% から GCSE 時点の 34% へと、学年とともに増す
- 推定は 相関であり因果ではない。また英国のデータを日本にそのまま当てはめることはできない
- 構造としては、日本編コラム(横断的)と縦断的に補完し合い、早期介入・読み書き計算の基礎・家庭への支援・チーム学校 の意義を裏づける
参考資料
海外の研究
- Hunt, E., Perrott, M., Jiménez, E., & Robinson, D. (2026). Growing apart: the evolution of the disadvantage gap. Education Policy Institute (EPI). — イングランドの全国児童データベース(NPD)2023/24 を統計分解し、社会経済的な学力格差が就学前から GCSE・16-19 まで段階的に累積する過程を分析。本コラムの主要典拠。なお EPI が 2025 年に公表した先行研究「Breaking Down the Gap」(2022/23 年度の分解)とは別のレポートにあたる。
日本の研究
- 『教育格差 — 階層・地域・学歴』 松岡亮二 (2019), ちくま新書. — 全国大規模データで、日本の学力格差が就学前から存在し、小学校の縮小機能が限定的であることを示す。本コラムが対になる横断的分析。
- 日本の格差研究(松岡亮二・中室牧子ほか)の詳しい整理は、本サイトの日本編コラム 教育格差はエビデンスでどこまで見えるのか を参照。