一言でいうと
数を使う遊び(ボードゲーム・数え歌・絵本)や日常の語りかけを通して、就学前の子どもの数量感覚 — 数と量の対応づけ、数の大小の比較、数えることの流暢さ — を育てる取り組みです。EEF の Early Years Toolkit では平均 +7ヶ月と大きな効果が推定されていますが、エビデンスの確実性評価は「限定的(limited)」で、数値は幅をもって読む必要があります。
なぜ効果があるのか
数量感覚は、その後の算数学習の土台になります。数を唱えられることと、数が「量」を表すと分かっていることは別の能力で、後者が未形成のまま入学すると、たし算・ひき算の意味理解でつまずきやすくなります。
代表的な研究で使われた「直線型の数ボードゲーム」では、マスを進むたびに、数詞・マスに書かれた数字・進む距離・かかる時間が同時に連動します。この重なり合った手がかりが、頭の中の「数直線」(数の大きさを空間的に並べるイメージ)を精緻にすると考えられています。また、「多い・少ない」「いくつ」「何番目」のような数学的な言葉のやりとりが、数概念の獲得を媒介することも示されています。
日本の小学校との関連
就学前の数量感覚づくりは小学校教員の直接の担当領域ではありませんが、次の点で関わりがあります。
- 小1算数のスタートライン差 — 数唱はできても数と量の対応が未形成な子は珍しくなく、入学時点の差を前提に算数の導入期を設計する必要があります
- スタートカリキュラム — 就学前教育への介入と同様、生活科を核とした接続期の活動に、遊び由来の数量活動(すごろく型のゲーム、分ける・配る活動)を位置づけられます
- 低学年算数の補充 — 数の大小・順序につまずきがある子への補充活動として、直線型の数ボードゲームはほぼ準備なしで使えます
- 保護者への提案 — 「入学準備は先取りのドリルより、まず数を使う遊びを」という具体的で負担の小さいメッセージを伝えられます
研究からわかっていること
- EEF Early Years Toolkit は早期算数アプローチの効果を平均 +7ヶ月と推定しています(54 研究)。導入コストは最小水準である一方、確実性評価は「限定的」です
- 直線型の数ボードゲーム(1〜10 のマスを進むすごろく型)を合計約 1 時間プレイした低所得家庭の就学前児は、数の大小比較・数直線上の位置推定・数え上げ・数字の読みの 4 領域で改善し、効果は 9 週間後も維持されました。数字の代わりに色を使った同じゲームでは改善しませんでした(Ramani & Siegler 2008)
- 同じ数ボードゲームでも、マスを円形に配置すると効果が出ませんでした。数直線と同じ「直線型」であることが鍵とみられます(Siegler & Ramani 2009)
- 園の教師の数学的な語りかけ(math talk)の量は、園児の 1 年間の数学知識の伸びと関連していました(Klibanoff et al. 2006、観察研究)。数学的な言葉を組み込んだ絵本の対話的読み聞かせの RCT でも、数学的言語と数学知識の向上が報告されています(Purpura et al. 2017)
- 繰り返しパターンに焦点を当てた 6 ヶ月の介入を受けた幼児(53 名)は、就学 1 年後もパターン理解で比較群を上回りました(Papic, Mulligan & Mitchelmore 2011)
注意したいこと
- EEF の確実性評価は 5 段階中 2(limited)です。独立評価でない研究の割合が高く、開発団体自身による評価は効果が大きく出る傾向が指摘されています。「+7ヶ月」は固い数値ではなく目安として読んでください
- EEF がこの領域で独立評価した個別プログラムのうち、次の 2 件は +7ヶ月より小さい結果でした。3〜4歳向けの「The ONE Programme」(遊びを通して数量感覚と実行機能を一緒に育てる 12 週間のプログラム)では、算数の学力に差が出ませんでした(0ヶ月)。この結果の確実性は高いと評価されています。「Counting Collections」(学級全体で、ものを数えて記録する活動を週 1 回・20 週にわたって行う取り組み)は数の学力で +1ヶ月、確実性は 5 段階中 3 でした。ただし後者の対象は英国の Reception(4〜5歳)で、EEF はこの試験を Key Stage 1 に区分しています。このページが扱う就学前(Early Years)とは対象段階がずれます
- 経済的に不利な家庭の子への効果は、試験によって向きが揃っていません。The ONE Programme では EYPP の対象児だけが +2ヶ月でしたが、Counting Collections では FSM(無償給食)対象児に差が出ませんでした。どちらも対象人数が少なく確実性は下がると評価されており、片方だけを取り出して「不利な家庭の子には効く」とも「効かない」とも読めません
- 上の 2 件は特定のプログラムを対象にした個別の評価で、見出しの「+7ヶ月」は 54 研究を束ねた平均です。個別の試験の月数が平均より小さくても、この領域の取り組み全体が無効だという意味ではありません
- 「数に触れる遊びなら何でも効く」わけではありません。色ゲームや円形ボードで効果が出なかったように、数の構造(順序・量・位置の対応)が子どもに見える設計かどうかが分かれ目です
- 介入の多くは複数の要素を含み、どの要素が効果の中核かは特定しにくい状態です
- 効果の推定は就学前の設定(園・家庭)に基づくもので、小学校の授業に持ち込んだ場合の効果は同じ形では検証されていません
- 日本国内では、幼児期の数量感覚に限定した効果量つきの介入研究はまだ乏しく、国内エビデンスの蓄積はこれからです
家庭・学校・制度の役割分担
就学前の数量感覚づくりは、就学前教育への介入と同じく 小学校教員の直接の担当領域外 です。それぞれの持ち場で無理なく分担する構造で考える必要があります。
- 就学前施設(幼稚園・保育所・認定こども園): 遊びと生活の中の数量経験(配る・分ける・比べる・数える)。幼稚園教育要領の領域「環境」が示す数量・図形への関心・感覚を、教え込みではなく遊びの設計で育てる。
- 家庭: できる範囲で、すごろく・トランプ・お風呂での数えなど「数を使う遊び」を一緒にする。教材の購入や先取りのドリル学習を前提にしない。家庭の状況によって関われる量が異なることは前提で、全家庭に同じ準備を期待しない(保護者との連携も参照)。
- 小学校: 入学時点の数量感覚の個人差を前提にした算数導入期・スタートカリキュラムの設計。「家庭でできていて当然」の枠組みで授業を組み立てない。つまずきのある子への補充に数遊びを使う。
- 制度・自治体: 幼小接続の制度設計と、国内エビデンス基盤の整備。文部科学省の幼児教育に関する大規模縦断調査は 2023 年度予備調査・2024 年度本調査(第 1 年次)の報告が公表されており、今後の国内知見の土台になる。
主な参考研究
- Ramani, G. B., & Siegler, R. S. (2008). Promoting broad and stable improvements in low-income children’s numerical knowledge through playing number board games. Child Development, 79(2), 375–394. — 直線型の数ボードゲームの RCT。合計約 1 時間のプレイで 4 領域が改善し、9 週間後も維持。
- Siegler, R. S., & Ramani, G. B. (2009). Playing linear number board games — but not circular ones — improves low-income preschoolers’ numerical understanding. Journal of Educational Psychology, 101(3), 545–560. — 同じゲームでも円形ボードでは効果が出ず、直線型であることが鍵だと示した。
- Klibanoff, R. S., Levine, S. C., Huttenlocher, J., Vasilyeva, M., & Hedges, L. V. (2006). Preschool children’s mathematical knowledge: The effect of teacher “math talk”. Developmental Psychology, 42(1), 59–69. — 教師の数学的な語りかけの量と園児の数学知識の伸びの関連を示した観察研究。
- Purpura, D. J., Napoli, A. R., Wehrspann, E. A., & Gold, Z. S. (2017). Causal connections between mathematical language and mathematical knowledge: A dialogic reading intervention. Journal of Research on Educational Effectiveness, 10(1), 116–137. — 数学的言語を組み込んだ絵本の対話的読み聞かせの RCT。
- Papic, M. M., Mulligan, J. T., & Mitchelmore, M. C. (2011). Assessing the development of preschoolers’ mathematical patterning. Journal for Research in Mathematics Education, 42(3), 237–268. — 繰り返しパターンの 6 ヶ月介入。就学 1 年後のフォローでも介入群が上回った。
- EEF (2020). Improving Mathematics in the Early Years and Key Stage 1. — 3〜7 歳の算数指導に関する EEF の実践ガイダンス。
- The ONE Programme(2022–23 Trial). Education Endowment Foundation(独立評価: RAND Europe)。— 3〜4歳向けに、遊びを通して数量感覚と実行機能を一緒に育てる 12 週間のプログラム(2,250児・150施設)。独立評価で算数の学力に差はなく(0ヶ月)、この結果の確実性は高いと評価された。EYPP の対象児では +2ヶ月だったが、対象人数が少なく確実性は下がる。
- Counting Collections(2022–23 Efficacy Trial). Education Endowment Foundation(独立評価: Sheffield Hallam University)。— 学級全体で、ものを数えて記録する活動を週 1 回・20 週にわたって行う取り組み(3,600児・176校)。独立評価で数の学力 +1ヶ月、確実性は 5 段階中 3。FSM 対象児には差が出なかった。EEF は対象段階を Key Stage 1 に区分しており、このページが扱う Early Years とは異なる。
関連する学習指導要領
- 小学校学習指導要領解説 算数編 — 第 1 学年の「数と計算」では、ものの個数を数える・比べるなど、数量感覚の素地となる具体的な活動が示されています。
- 小学校学習指導要領解説 総則編 — 「幼児期の教育との接続」の節で、幼稚園教育要領との連携やスタートカリキュラムの編成が求められています。
- 幼稚園教育要領 — 領域「環境」のねらい・内容に、遊びや生活を通した数量・図形への関心・感覚が位置づけられています。