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2026年4月、給食無償化が始まった
2026年4月から、公立小学校の給食が全国一律で無償化されました。保護者の所得に関わらず、児童1人あたり月額5,200円相当が国から支援される制度です。
保護者にとっては実質的な経済負担の軽減です。では、この政策は 何を目的としていて、どんな効果が確認されているのか。自治体の政策目的と、国際的な先行研究のエビデンスから整理します。
なお、海外の長期実装データから日本に予見される効果と、他国が踏んだ轍については姉妹コラム 給食無償化、日本は周回遅れ — 海外 80 年の実装データから見える期待と落とし穴 で扱います。本コラムは政策目的・学力効果・制度文脈の差に焦点を絞ります。
自治体が掲げている政策目的
文部科学省は 2024 年 12 月に 「給食無償化」に関する課題の整理 を公表しました。2023 年 9 月時点で独自に無償化を実施していた 722 自治体のうち、政策目的として掲げていたのは次の内容です。
| 政策目的 | 掲げている自治体の割合 |
|---|---|
| 子育て支援(在籍児童のいる家庭への支援) | 9 割超(722 中 652) |
| 少子化対策 | 約 1 割 |
| 定住・転入促進 | 約 1 割 |
| 食育の推進 | 5% 未満 |
給食無償化は、教育施策というより 子育て家庭の経済支援・少子化対策 として設計されています。
なお成果検証を実施している自治体は 119 (無償化実施自治体の 16.5%) にとどまっており、効果の実証的検証は政策運用上の課題として残っています。
米国研究で確認されている効果
国際的な先行研究で、所得制限なしの給食無償化の効果として 一定の確実性で確認されている のは、以下の内容です。
参加率・出席率・健康指標の改善
Spill et al. (2024) の系統的レビュー(JAMA Network Open) は、米国 11,000 校以上を対象とした 6 つの研究をレビューし、次の指標で改善を確認しました。
| 指標 | 結果 | 証拠の確実性 |
|---|---|---|
| 昼食参加率 | 有意に増加(3 研究) | 中程度 |
| 朝食 参加率 | 有意に増加(1 研究のみ) | 非常に低い |
| 出席率 | 変化なし〜わずかに改善 | 低い |
| 肥満有病率 | 減少 | 非常に低い |
| 停学率 | 減少 | 非常に低い |
ただし このレビューは、食事の質・食料安全保障・学力を指標として扱っていません。該当分野の研究がレビュー基準を満たさなかったためです。
なお、これらの研究は 米国 NSLP(National School Lunch Program)を前提にした効果指標 です。米国 NSLP は所得別の有料/減額/無料の選択制で、日本の学校給食法のように全員給食を原則とする制度とは前提が大きく異なります。各指標が日本にそのまま転用できるか否かは、後段「米国研究の指標を日本に転用する際の注意」で整理します。
学力への効果 — 研究が示す現実
Schwartz & Rothbart (2020) のニューヨーク市中学校研究
Schwartz & Rothbart (2020) はニューヨーク市の中学校で準実験研究(差分の差分法 = Difference-in-Differences)を実施しました。無償化を導入した学校と未導入の学校で生徒の成績変化を比較した結果が次のとおりです。
| 対象 | 算数 | 国語 | 給食参加率 |
|---|---|---|---|
| 非貧困層生徒 | +0.083 SD | +0.059 SD | +11.0 ポイント |
| 貧困層生徒 | +0.032 SD | +0.027 SD | +5.4 ポイント |
表の「+0.083 SD」のような SD 表記は、標準偏差換算の効果量(Cohen’s d)です。教育研究では一般に 0.2 程度から「小」、0.5 から「中」、0.8 以上が「大」 と整理される目安です(Cohen 1988)。表の効果量はいずれも「小」の範囲にとどまり、貧困層より非貧困層のほうが大きい 点が重要です。なおこれは米国 NSLP 文脈の研究です。効果の方向性(所得制限なしの一律無償化が大きな学力効果を生まない)は参照できますが、効果量の絶対値を日本にそのまま当てはめることは適切ではありません。
Cohen et al. (2021) のレビューも同じ方向
Cohen et al. (2021) の系統的レビュー(Nutrients) も、改善効果は高所得層の生徒でもっとも大きく見られると結論しています。
先進国メタ分析は「効果は最小限」
Ayllón & Lado (2025) は先進国 42 研究・2,821 推定値のメタ分析(IZA DP 18042)です。「先進国における給食プログラムは、行動・健康・教育への影響が最小限」 と結論しました。
なお同論文の下位分析では、所得制限型(means-tested)の給食プログラムと 朝食 プログラムが最も効果を生む とも報告されています。所得制限なしの一律無償化そのものより、支援対象を絞ったプログラムのほうが効果が大きい、という示唆です。
この「対象を絞った型のほうが効く」という示唆は、現実の政策選択にも表れています。英国(イングランド)は 2025 年 6 月、2026 年 9 月から、低所得世帯向けの公的給付(Universal Credit)を受けるすべての家庭の子どもを無償給食の対象に加えると発表しました。2018 年以来の「世帯年収 7,400 ポンド未満」という所得要件を撤廃する拡大で、50 万人超が新たに対象になります。日本が所得制限なしの一律無償化に進んだのに対し、英国は 支援対象を絞った型(means-tested)を広げる 方向を選びました。同じ「給食無償化」でも、一律で配るか対象を絞るかで設計思想は分かれており、先進国メタ分析が効果を認めたのは後者の型でした。
中室牧子氏の指摘との整合
教育経済学者の中室牧子氏は、幼児教育無償化に関する講演 で、「無償化は経済的に恵まれた層にもメリットがあるため、格差是正に直結しない」と指摘しています。給食無償化でも同じ構造が研究データに表れており、所得制限なしの一律無償化は、格差是正の手段としては限定的 という評価は研究結果とも一致します。
米国研究の指標を日本に転用する際の注意
ここまで紹介した米国研究で観察された効果指標(参加率・出席率・肥満・停学率・スティグマ)は、米国 NSLP の制度設計と運用が前提になっています。日本の学校給食制度との差異を整理すると、各指標が日本で「無償化により新たに生じる効果」として成立しにくいことが見えてきます。
| 観点 | 米国 NSLP | 日本 |
|---|---|---|
| 制度設計 | 所得別の有料/減額/無料を 家庭が申請 | 学校給食法 第 4 条で 設置者の実施努力義務、全員給食が原則 |
| 児童の参加 | 申請する/しないの選択制 | 小学校の給食実施率 99.0%、うち完全給食 98.7%(文科省 令和 3 年度学校給食実施状況等調査) |
| 経済的支援 | 申請ベースで 無料/減額(Free/Reduced)区分 を取得 | 就学援助で要保護・準要保護世帯の給食費を補助(文科省 就学援助実施状況) |
| 滞納時の運用 | 未納児童への給食提供拒否・弁当代替・公的告示(米国で “Lunch shaming” と呼ばれる運用)の事例が多数 | 文科省 学校給食費徴収・管理ガイドライン は督促 → 訴訟手続を規定。提供停止・弁当持参指示の規定はない |
| スティグマの可視化 | 専用カードや別レーンで購入時に 無料/減額(Free/Reduced)区分 が見える構造 | 銀行口座振替・公会計化進行中で 子ども同士に区分が可視化される構造は限定的 |
| 栄養基準 | NSLP 改正前は加糖飲料・揚げ物中心の質低下が政策論点 | 学校給食実施基準(令和 3 年文科省告示)でエネルギー・主要栄養素を法定 |
これらの差を踏まえると、米国研究で観察された改善効果のうち、日本では:
- 参加率の向上 — 全員給食が原則のため、無償化で新たに参加する層は構造的にほぼ存在しない
- 滞納欠席の減少 — 日本では給食費滞納を理由とした給食提供停止・弁当持参指示はガイドライン上規定されておらず、欠席の直接原因にもなっていない
- スティグマの可視化解消 — 米国型の専用カードや韓国の段階導入混在校のような可視化機構は日本の徴収運用には存在せず、解消すべき可視化スティグマ自体が限定的
- 肥満の減少 — 学校給食実施基準が栄養素を法定しており、無償化で「未確保だった栄養が確保される」という効果は成立しない
の 4 指標は、無償化単独で「日本で新たに期待できる効果」として並べるのは適切ではありません。日本における給食無償化の効果は、2 つに整理するほうがエビデンスと制度文脈に整合します。本コラムで示した 保護者の経済的負担軽減 と、姉妹コラムで詳述する 徴収業務の消滅・海外長期検証から予見される効果 です。
まとめ
- 給食無償化の主目的は 子育て支援・少子化対策(文科省 2024 資料)
- 米国研究で確認されている参加率・出席率・肥満・停学率の改善は、米国 NSLP 固有の制度文脈に依拠した効果指標 であり、日本の学校給食法・就学援助・徴収運用・栄養基準告示の前提では同等の効果として転用できない
- 学力への効果は小さく、かつ 貧困層より非貧困層のほうが大きく出る(Schwartz & Rothbart 2020 / Cohen 2021)
- 先進国メタ分析は 所得制限なしの一律無償化の効果は最小限 と結論。所得制限型の支援のほうが効果が大きい(Ayllón & Lado 2025)
- 日本固有の文脈で確実に発生する変化(徴収業務の消滅、海外実装データから予見される効果)は姉妹コラム 給食無償化、日本は周回遅れ で扱う
給食無償化を「学力を上げる施策」として評価すると、エビデンス上は期待が裏切られることになります。一方 「子育て家庭の生活基盤を下支えする施策」 として評価すれば、月額 5,200 円相当の家計支援自体に合理性があり、就学援助対象外の中間層に届く点で意義があります。何を期待するか が、評価の分かれ目になります。
参考資料
日本の研究・公式資料
- 「給食無償化」に関する課題の整理について. 文部科学省 (2024), 2024 年 12 月 27 日公表. — 自治体の政策目的の内訳と課題整理。
- 学校給食法. 昭和 29 年法律第 160 号. — 給食実施の根拠法。第 4 条で設置者の実施努力義務、第 11 条第 2 項で保護者の費用負担を規定。
- 令和 3 年度学校給食実施状況等調査. 文部科学省 (2023). — 小学校の給食実施率 99.0%(うち完全給食 98.7%、補食給食 0.2%、ミルク給食 0.1%)。全員給食を制度的前提とすることを示す。
- 学校給食実施基準. 令和 3 年文部科学省告示第 10 号. — エネルギー・主要栄養素の摂取基準を法定。
- 学校給食費徴収・管理に関するガイドライン. 文部科学省 (2023, 改訂版). — 督促手順を規定。給食提供停止や弁当持参指示は記述されていない。
- 就学援助実施状況. 文部科学省. — 要保護・準要保護世帯への給食費補助を含む就学援助の実施実態。
海外の研究
- Ayllón, S., & Lado, S. (2025). The Causal Impact of School-Meal Programmes on Children in Developed Economies: A Meta-Analysis. IZA Discussion Paper No. 18042. — 先進国 42 研究・2,821 推定値のメタ分析。所得制限なしの一律プログラムの効果は minimal。
- Spill, M. K., et al. (2024). Universal Free School Meals and School and Student Outcomes: A Systematic Review. JAMA Network Open, 7(8), e2424082. — 米国 11,000 校超を対象とした系統的レビュー。参加率・出席率・肥満・停学に関する結果。
- Cohen, J. F. W., et al. (2021). Universal School Meals and Associations with Student Participation, Attendance, Academic Performance, Diet Quality, Food Security, and Body Mass Index: A Systematic Review. Nutrients, 13(3), 911. — 高所得層で効果が大きいと報告。
- Schwartz, A. E., & Rothbart, M. W. (2020). Let Them Eat Lunch: The Impact of Universal Free Meals on Student Performance. Journal of Policy Analysis and Management, 39(2), 376–410. — NYC 中学校での差分の差分分析。非貧困層・貧困層別の効果量を報告。
- Department for Education (2025). Over half a million more children to get free school meals. 2025-06-04 公表. — イングランドで 2026 年 9 月(2026/27 学年度)から低所得世帯向けの公的給付(Universal Credit)を受ける全家庭の児童に無償給食を拡大。2018 年以来の所得要件(世帯年収 7,400 ポンド未満)を撤廃し、50 万人超が新規対象。一律ではなく means-tested の拡大(政策発表)。