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「ジグソー法」という同じ名前、異なる手法
日本の教員・教育関係者が「ジグソー法」と聞いたとき、何をイメージするでしょうか。教科書・教育雑誌・研修資料から受け取る印象は、実は 2 つの異なる系譜 の混在を反映していることが少なくありません。効果量研究の数字を参照する場面や、国際比較の議論を読む場面で、この違いを踏まえておくことは、エビデンスを正確に解釈するうえで重要です。本コラムは「どちらが優れているか」ではなく「何が異なるのか」を整理することを目的とします。
Aronson の元祖ジグソー法(1978 年〜)
Elliot Aronson が 1978 年に開発した元祖ジグソー法は、1970 年代アメリカの人種統合教室で、異なる背景の子ども同士の偏見や対立を減らす ことを直接の目的としていました。当時のアメリカでは学校統合に伴う集団間の緊張が教育の深刻な課題で、「同じ教室にいるだけでは関係は改善しない」という問題意識から、Aronson は相互依存の構造を設計しました。
主な設計原則は以下の 4 点です:
- 各メンバーが異なるパートを担当 — 全員の協力がなければ全体像が完成しない
- 個別責任 — 担当を確実に学ぶ責任と、他者に教える義務をセットにする
- 相互依存 — 他者に依存し、他者も自分に依存する状況を明示的に設計する
- 同等な地位 — グループ内で力関係が偏らないよう背景や学力の違いを相互に補完させる
効果の測定対象は 集団間関係の改善(相手集団への態度・ステレオタイプ低減・友人関係の拡がり)が中心で、学力は二次的な関心でした。
知識構成型ジグソー法(三宅なほみ / 東京大学 CoREF、1990 年代〜)
三宅なほみ氏(東京大学、1949-2015)を中心に東京大学 CoREF(Consortium for Renovating Education of the Future)が 1990 年代以降に展開した知識構成型ジグソー法は、構成主義的な学習観 に基づきます。複数の資料・視点を学習者自身が統合することで、新しい理解や発見が生まれるという 認知的統合のプロセス に焦点を当てた設計です。
Aronson のモデルを参考にしつつ、狙いを「集団間関係の改善」から「教科学習における深い理解の構築」に移したことが最大の違いです。
実装上の特徴:
- 複数の資料・事例・視点を教員が準備する(歴史なら複数の立場の資料、理科なら複数の現象や仮説など)
- 生徒がそれぞれ別の資料を読む(エキスパート活動)
- グループに持ち寄り、比較・対比・統合を問う学習課題 を通じて新しい理解を構築する(ジグソー活動)
CoREF は全国の中学校・高校との連携で実装・研修を広げており、文部科学省のアクティブラーニング推進政策とも連動してきました。日本の協同学習実践の相当部分が、この知識構成型の理念に影響を受けています。
2 つの手法を比較する
| 項目 | 元祖ジグソー法(Aronson) | 知識構成型ジグソー法(三宅 / CoREF) |
|---|---|---|
| 開発年代 | 1978 年(アメリカ) | 1990 年代〜(日本) |
| 理論的背景 | 社会心理学(集団間関係論) | 構成主義(認知的統合) |
| 主な目的 | 偏見・対立の軽減、集団間関係の改善 | 教科学習における深い理解の構築 |
| 効果の測定中心 | 集団間の態度 / 友人関係 / ステレオタイプ低減 | 学力 / 概念理解 / 学習深化 |
| 日本での実装 | 限定的 | 広範(CoREF 支援による全国展開) |
| 国際的な研究蓄積 | 50 年近い蓄積、メタ分析も複数 | 国際学術誌ではまだ限定的 |
効果量研究はどちらを対象にしているか
ここが 混同されやすい最大のポイント です。英語圏の効果量研究(Hattie の Visible Learning、Vives et al. 2025 の Review of Educational Research 掲載の 69 研究メタ分析、Cochon Drouet et al. 2023 など)は、基本的に元祖ジグソーを対象 にしています。「ジグソー法 d=1.20」「g=0.88」といった数字(d / g はコーエンの d / Hedges の g、効果の大きさを示す指標)も、元祖の研究を束ねた値です。
一方で、知識構成型ジグソー法の独立した効果量メタ分析は、国際学術誌では現時点で限定的 です。これは:
- 開発・実装が日本中心で、英語での報告が限られている
- 教科・単元・教員の専門性による実装の多様性が大きく、標準化された測定が難しい
- 無作為化比較試験(RCT)よりも事例研究や準実験が多い
つまり「ジグソー法は d=1.20 で絶大な効果がある」という紹介を見たとき、その数字が 元祖の集団間関係改善に関する値 なのか、知識構成型の学力効果として単純適用されている のかを区別する必要があります。後者として紹介されているなら、根拠は弱いと考えるのが適切です。
現場で実践するときに意識したいこと
- 自分はどちらの系譜で実施しているか を自覚する。目的が集団間関係の改善か、教科学習の深い理解かで、設計も測定も変わる
- 英語圏の効果量を単純適用しない。元祖の数字を知識構成型の学力効果として使うと、研究の射程を超えた解釈になる
- 実施の質(相互依存の明確な設計、個別の説明責任、資料間の関連を問う学習課題)が結果を決める。どちらの系譜の研究も、この点は一致して示唆している
- 詳細は 戦略ページ「ジグソー法」 と 協同学習 も参照
まとめ
- 「ジグソー法」には、Aronson の元祖(1978、集団間関係改善) と 三宅なほみ / CoREF の知識構成型(1990 年代〜、認知的統合) という 2 つの異なる系譜がある
- 効果量研究のほとんどは元祖を対象。「d=1.20」「g=0.88」といった数字は、元祖ジグソーに基づく値
- 知識構成型は日本で広く実践されているが、独立した効果量メタ分析は国際学術誌ではまだ限定的
- どちらの系譜で実施しているかを自覚し、目的に合った効果測定と実装の質を意識することが、エビデンス利用と実践改善の両面で重要
参考資料
日本の研究・公式資料
- 東京大学 CoREF. — 知識構成型ジグソー法の研究・実装・教員研修を担う東京大学の機関。全国事例の蓄積と教員研修資料を公開している。
海外の研究
- Vives, E., Poletti, C., Robert, A., Butera, F., Huguet, P., & Régner, I. (2025). Learning With Jigsaw: A Systematic Review and Meta-Analyses. Review of Educational Research, 95(3), 339–384. — ジグソー法を対象とした 69 研究(1978〜2022)の最新メタ分析。学科・測定変数・学生特性・教材複雑性により結果が大きく変動することを報告。
- Visible Learning MetaX — Jigsaw Method. Hattie, J. 公開データベース. — ジグソー法で d ≈ 1.20 を報告しているが、研究数が限定的で上端寄り推定であることに注意。対象は元祖ジグソー。
関連読み物
- Aronson, E., & Patnoe, S. (2011). Cooperation in the Classroom: The Jigsaw Method (3rd ed.). Pinter & Martin Ltd. — 元祖ジグソー法の開発者による解説書。1970 年代アメリカの人種統合教室での実践と、集団間関係改善を測定する方法論を詳述。