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76万9,022件 — 数字だけ見れば「危機」
文部科学省の「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」(令和 6 年度)によれば、いじめの認知件数は 76 万 9,022 件 で過去最多を更新しました。重大事態も 1,405 件 で過去最多です。
この数字だけを見れば「日本のいじめは悪化し続けている」と読みたくなります。しかし、文部科学省はこの増加を 必ずしも否定的には評価していません。
「認知件数が多い」は悪いことなのか?
文部科学省は公式に次のように述べています。
いじめの認知件数が多い学校は「いじめを初期段階のものも含めて積極的に認知し、その解消に向けた取組のスタートラインに立っている」と極めて肯定的に評価する。
つまり、認知件数が増えた = いじめが増えた、ではなく、見つけられるようになった という解釈です。
以前は「うちの学校にいじめはない」と報告することが「良い学校」の証とされていました。今は逆に、「うちの学校はこれだけ認知し、対応している」ことが評価されます。この意識の転換が件数増加の大きな要因です。
認知が進んだ背景
- いじめ防止対策推進法(2013年) の定義の拡大 — 「心理的・物理的な影響を与える行為」と広く定義
- アンケート調査の充実 — 定期的なアンケートで潜在的ないじめを可視化
- GIGA端末を活用した心身チェック — 端末での日常的な気分・体調の報告が、SOSの早期発見につながる
- SNS上のいじめの積極的認知 — 従来は見えにくかったオンラインのいじめが認知対象に
それでも深刻な数字
認知件数の増加に肯定的な面があるとはいえ、重大事態 1,405 件(うち法第 28 条第 1 項の重大事態 1,404 件)は楽観できません。認知件数 76 万 9,022 件のうち年度末までに解消したのは 585,349 件(76.1%)。一方で、約 13 万 6 千人の不登校児童生徒が学校内外の機関等で専門的な相談・指導等を受けていない という問題も併存しています。
「見つけた後にどう対応するか」が次の課題です。
エビデンスが示す予防策
いじめの「対処」ではなく「予防」のエビデンスとして、以下の知見が参考になります。
| 指導法 | 効果量 | いじめ予防との接点 |
|---|---|---|
| 社会性と情動の学習(SEL) | +3ヶ月 | 自己理解・感情調整・対人スキルを育てる。いじめの加害・被害の両方を減らす効果 |
| 行動への働きかけ | +3ヶ月 | 望ましい行動を増やすアプローチ。困難の大きい子への個別計画が効果的 |
| 教師と子どもの関係性 | +4ヶ月 | 「この先生は自分をわかってくれている」と感じる子はSOSを出しやすい |
Durlak et al.(2011)の213件のSELプログラムを対象としたメタ分析では、学力向上に加えて社会的スキル・態度・行動面でも正の効果が確認されています。SELは「いじめ対策」として単独で導入するより、学級経営の基盤として日常化 する方が効果的です。
小学校教員として考えたいこと
「数字の読み方」を保護者と共有する
保護者懇談会やたよりで「認知件数が増えた = 学校が悪い」ではなく「見つけて対応する力が上がった」と伝える。数字の意味を正しく共有することが、学校と家庭の信頼関係を守ります。
「予防」に時間を使う
いじめが起きてから対処するより、起きにくい学級をつくる方がはるかに効率的です。
- 感情を扱う関わり — トラブル時にすぐ裁定せず「どんな気持ちだった?」を聞く。感情を表す語彙(うれしい・くやしい・もどかしい)を日常会話で増やす
- 全員との短い対話 — 週に1回でも、一人ひとりにひとこと声をかける時間をつくる
- 望ましい行動を認める関わり — できた瞬間に声をかける。叱って減らすより、認めて増やす方が行動は変わりやすい(行動への働きかけの知見)
「認知したら対応する」を組織で
認知の次に必要なのは 組織的対応 です。いじめ防止対策推進法(2013) 第 22 条は、各学校に 「いじめの防止等の対策のための組織」 を常設することを求めており、担任 1 人で抱えず、この組織を通じて学年主任・生徒指導主事・管理職・SC/SSW と共有するルートが前提になります。「困ったら相談」ではなく「認知したら自動的に共有」の仕組みが、教員の心理的負荷も下げます。
重大事態(同法第 28 条)が発生した場合は、学校設置者による調査組織(第三者委員会)の設置と、生命・身体への危険が疑われる事案での 警察・医療機関・児童相談所などの関係機関との連携 が法律上求められます。軽微な認知の段階で組織共有を習慣化しておくことが、重大事態への連続性を断つ第一歩です。
まとめ
- いじめ認知件数は 76 万 9,022 件 で過去最多、重大事態は 1,405 件(令和 6 年度)
- 文科省は認知件数の多さを「初期段階から積極的に認知して対応しているスタートライン」と 肯定的に評価 しており、「認知が多い = 悪化」ではない
- 増加の背景には、2013 年いじめ防止対策推進法による定義の拡大・アンケートの充実・GIGA 端末での心身チェック・SNS いじめの積極認知 など認知する力の向上がある
- 予防エビデンス: SEL +3 ヶ月 / 行動への働きかけ +3 ヶ月 / 教師と子どもの関係性 +4 ヶ月
- 対応は いじめ防止対策推進法 第 22 条の常設組織 を通じた組織対応が前提。重大事態(第 28 条)は警察・医療機関・児相等の関係機関連携が法定
参考資料
- 令和 6 年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果. 文部科学省 (2025). — いじめ認知 76 万 9,022 件(過去最多)、重大事態 1,405 件、2025 年 10 月 29 日公表。
- いじめの状況について(令和 5 年度調査結果 資料 1). 文部科学省 (2025). — 本コラム掲載の認知件数推移データ(令和 3 年度 61 万 5,351 件、令和 4 年度 68 万 1,948 件、令和 5 年度 73 万 2,568 件)の一次出典。
- いじめ防止対策推進法(平成 25 年法律第 71 号). 文部科学省 (2013). — 第 22 条「いじめの防止等の対策のための組織」、第 28 条「重大事態への対処」を規定。
- 令和 6 年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果及びこれを踏まえた対応の充実について(通知). 文部科学省 (2025), 令和 7 年 10 月 29 日. — いじめを含む生徒指導 8 論点についての組織対応・関係機関連携の方針を示した通知。
- 生徒指導リーフ「いじめの認知について」. 国立教育政策研究所. — 認知件数の読み方(認知 ≠ 発生)を解説したリーフレット。
- Durlak, J. A., Weissberg, R. P., Dymnicki, A. B., Taylor, R. D., & Schellinger, K. B. (2011). The impact of enhancing students’ social and emotional learning: A meta-analysis of school-based universal interventions. Child Development, 82(1), 405–432. — 213 本の学校ベース SEL プログラムのメタ分析。社会性・態度・行動・学力に正の効果。