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「数えられる」の手前にあるもの
10 まで数えられる。それなのに「どっちが多い?」と聞くと手が止まる — 入学直後の教室で珍しくない光景です。数を唱えられることと、数の意味が分かっていることは別の能力です。そして後者を支える土台のひとつとして研究が繰り返し指摘してきたのが、「数学的言語(mathematical language)」、つまり数の世界を語る言葉の理解です。
このサイトでは、就学前の数量感覚づくり全般を 就学前の算数・数量感覚支援(+7ヶ月) として紹介しています。本コラムはその中から「言葉」の側面に焦点を絞り、何が分かっていて、園や家庭、小学校それぞれに何ができるのかを整理します。
数学的言語とは何か — 関係を表す言葉たち
「多い・少ない」「大きい・小さい」「いくつ」「何番目」「全部で」「同じ」「前・後ろ」「上・下」。数学的言語とは、このような量・順序・比較・位置の関係を表す言葉のまとまりを指します。数詞(いち、に、さん…)や計算用語そのものではなく、数や量について考え、伝えるための語彙です。
就学前の数学的言語研究を体系的に整理した Turan & De Smedt (2022) のレビューは、数学的言語を大きく 2 つの側面で捉えています。
- 量的言語 — 「多い」「少ない」「もっと」「少しだけ」など、量の大小や変化を表す言葉
- 空間的言語 — 「上・下」「前・後」「いちばん近く」など、位置や順序を表す言葉
同レビューは、就学前の数学的言語の理解が後の数学的発達の強い予測因子であることを示しています。
なぜ一般の語彙力と分けて考えるのか
「言葉が大事なら、結局は語彙力の話では?」と思うかもしれません。しかし研究は、数学的言語を一般的な言語の力と区別して扱うことに意味があると示しています。
アメリカの 3〜6 歳児 124 名を調べた Hornburg, Schmitt & Purpura (2018) では、数学的言語の理解度が、数え上げ・ものと数の 1 対 1 対応・数字の同定・基数性(最後に数えた数が全体の個数を表すという理解)・集合や数字の大小比較・文章題など、初期算数スキルの大半と有意に関連していました。一方で、ぱっと見て個数を把握する力や形式的なたし算の成績とは関連しておらず、言語への依存度はスキルの種類によって異なるという解像度の高い結果になっています。
オランダの研究はさらに踏み込みます。園児 1,030 名のスクリーニングから初期算数の低成績児 199 名を選び、2 年間・4 時点で追跡した Toll & Van Luit (2014) は、一般的な言語の力と初期算数の発達の関係を、数学に特有の言語が媒介していることを報告しました。「言葉の力が算数に効く」経路の中継点に、数学的言語が位置づくという見立てです。
このサイトで紹介している 口頭言語の指導 が言語能力全般への働きかけだとすれば、数学的言語はその中の「教科に固有の語彙・表現」にあたります。両者は重なりつつも、別の働きかけの対象として考えられます。
研究からわかっていること
数学的言語を巡る知見は、観察研究から介入研究まで積み重なってきています。
- 園の教師の数学的な語りかけ(math talk)の量は、園児の 1 年間の数学知識の伸びと関連していました(Klibanoff et al. 2006、観察研究)
- 数学的な言葉を組み込んだ絵本の対話的読み聞かせの RCT では、数学的言語と数学知識の向上が報告されています(Purpura et al. 2017)
- 系統的レビューも、就学前の数学的言語が後の数学的発達の強い予測因子であることを確認しています(Turan & De Smedt 2022)
ただし、読み方には注意が必要です。観察研究や追跡研究が示すのは関連であって、語りかけを増やせばそのまま算数が伸びるという因果の保証ではありません。介入研究は有望な結果を示していますが、数はまだ限られています。効果量の目安は、早期算数アプローチ全体の推定値として 数量感覚支援の戦略ページ を参照してください。数学的言語の働きかけ単独の効果量は、まだ確立した数値がない段階です。
EEF が勧める語りかけ — 6 つの実践
英国の Education Endowment Foundation(EEF)は、就学前教育の実践集「Early Years Evidence Store」の早期算数テーマで、「数学的言語を発達させる(Developing mathematical language)」を 5 つのアプローチのひとつに位置づけています。保育者・教育者が意図をもって数学的言語を使うこと、子どもが考えていることを声に出して「数学的に語る」練習を促すことを勧め、語りかけの型を 2 群 6 つに整理しています。
エビデンスに基づく実践として:
- 考えを声に出す(thinking aloud) — 大人が自分の思考の過程を声に出して見せる。「お皿が 5 枚で、子どもが 6 人。1 枚足りないな、どうしようかな」
- 実況する(narrating) — 進行中の出来事に言葉を添える。「いま 1 個ずつ配っているね。あと 2 個で全員に行き渡るよ」
- 名前をつける(naming and labelling) — ものや動き、概念に言葉のラベルを与える。「こっちの山のほうが多いね」「3 番目の引き出しだよ」
それを支える実践として:
- 繰り返す(repetition) — 教えた概念を、文脈を変えながら意図的に繰り返す
- ふくらませる(extending) — 子どもの言った言葉を引き取り、言葉を足して返す。「『いっぱい』だね。さっきより 2 個増えたから、いっぱいになったんだね」
- 問いかける(questioning) — 考えたり、説明したり、やりとりに加わったりするよう促す
ひとつ注意があります。EEF はこのページで個別の研究の引用や効果量を示していません。「数学的言語が豊かな子どもは算数の成績もよい」という研究知見の要約と、絵本・数え歌・ゲームの活用には「有望なエビデンス(promising evidence)」があるという表現にとどめています。6 つの型は「効果が証明された技法リスト」ではなく、研究知見を実践の言葉に翻訳した整理として受け取るのが正確です。
日本の文脈 — 幼稚園教育要領と幼小接続
数学的言語というレンズは、日本の幼児教育の設計思想と相性のよいものです。幼稚園教育要領は領域「環境」のねらい・内容に、遊びや生活を通した 数量や図形などへの関心・感覚 を位置づけています。数のドリルではなく、配る・分ける・比べる・並べるといった生活と遊びの文脈で数量に触れる — その文脈に言葉を添えることが、まさに数学的言語の実践です。
小学校側では、学習指導要領解説(総則編)が幼児期の教育との接続やスタートカリキュラムの編成を求めており、算数編の第 1 学年「数と計算」でも、ものの個数を数える・比べるといった具体的な活動が出発点に置かれています。入学時点で「どっちが多い」「何番目」のような言葉の経験に差があることを前提にすると、導入期の算数で言葉のやりとりを丁寧に扱う意味は大きいといえます。
一方で、国内のエビデンスはこれからです。幼児期の数学的言語に限定した国内の介入研究・メタ分析は確認できていません。文部科学省の幼児教育に関する大規模縦断調査(2023 年度予備調査・2024 年度本調査(第 1 年次)の報告書が公表済み)など、国内の知見基盤の整備はまだ始まったばかりの段階です。
家庭・園・学校の役割分担
数学的な語りかけは「家庭の仕事」にも「園の仕事」にも「学校の仕事」にも見えるからこそ、役割の整理が必要です。「体験格差」とエビデンス で整理した構図と同じく、それぞれの持ち場で無理のない分担を考えます。
- 就学前施設(幼稚園・保育所・認定こども園): 遊びと生活の文脈に数学的な言葉を添える主担当。配膳・片付け・整列など、毎日繰り返される場面は語りかけの機会の宝庫です
- 家庭: できる範囲で。「お風呂で 10 まで数える」「おやつを分けるときに『同じ』『多い』を使う」程度の、特別な準備のいらない関わりで十分です。家庭によって関われる量が異なることは前提で、全家庭に同じ語りかけ量を期待しないことが重要です(保護者との連携も参照)
- 小学校: 入学時点の言葉の経験差を前提にした算数導入期の設計。「どっちが多い?」「何番目?」を授業の中で全員が声に出す機会をつくり、経験差を教室で埋める側に立ちます
- 制度・自治体: 幼小接続の制度設計と、国内エビデンス基盤の整備
「言葉がけが大事」という知見は、ともすれば家庭への新しい要求リストになりがちです。しかし、ここで紹介した語りかけの観察研究(Klibanoff et al. 2006)が見ていたのは園の教師であり、EEF の実践集も保育者・教育者向けの整理です。第一の担い手はプロの保育・教育の現場であり、家庭には「日常の中でできる範囲」以上を求めない線引きが、ここでも大切です。
まとめ
- 数学的言語 — 「多い・少ない」「いくつ」「何番目」のような量・順序・比較・位置の言葉 — の理解は、就学前〜低学年の算数スキルの強い予測因子です(系統的レビューで確認)
- 一般的な語彙力と区別する意味があります。低成績児の追跡研究では、言語の力が算数に効く経路を数学的言語が媒介していました
- 介入研究(対話的読み聞かせの RCT)でも数学的言語と数学知識の向上が報告されていますが、知見の数はまだ限られています
- EEF は語りかけの型を 6 つに整理しています。ただし効果量や個別研究の引用は示されておらず、「実践の翻訳」として使うのが適切です
- 第一の担い手は園と学校です。家庭には「生活の中でできる範囲」以上を求めず、語りかけ量の家庭差を教室で埋める設計を考えます
参考資料
日本の研究・公式資料
- 幼稚園教育要領(文部科学省) — 領域「環境」のねらい・内容に、遊びや生活を通した数量・図形への関心・感覚が位置づけられている。
- 小学校学習指導要領解説 算数編(文部科学省) — 第 1 学年「数と計算」で、ものの個数を数える・比べる具体的な活動が出発点に置かれている。
- 小学校学習指導要領解説 総則編(文部科学省) — 「幼児期の教育との接続」の節で、スタートカリキュラムの編成が求められている。
海外の研究
- Turan, E., & De Smedt, B. (2022). Mathematical language and mathematical abilities in preschool: A systematic literature review. Educational Research Review, 36, 100457. — 就学前の数学的言語研究の系統的レビュー。量的言語と空間的言語の 2 側面を整理し、数学的言語が後の数学的発達の強い予測因子であることを示した。
- Hornburg, C. B., Schmitt, S. A., & Purpura, D. J. (2018). Relations between preschoolers’ mathematical language understanding and specific numeracy skills. Journal of Experimental Child Psychology, 176, 84–100. — 3〜6 歳児 124 名。数学的言語は数え上げ・基数性・大小比較・文章題など大半の初期算数スキルと関連する一方、瞬時の個数把握や形式的なたし算とは関連しなかった。
- Toll, S. W. M., & Van Luit, J. E. H. (2014). The Developmental Relationship Between Language and Low Early Numeracy Skills Throughout Kindergarten. Exceptional Children, 81(1), 64–78. — 初期算数の低成績児 199 名を 2 年間・4 時点で追跡。一般言語と初期算数の関係を数学的言語が媒介することを報告した。
- Klibanoff, R. S., Levine, S. C., Huttenlocher, J., Vasilyeva, M., & Hedges, L. V. (2006). Preschool children’s mathematical knowledge: The effect of teacher “math talk”. Developmental Psychology, 42(1), 59–69. — 教師の数学的な語りかけの量と園児の数学知識の伸びの関連を示した観察研究。
- Purpura, D. J., Napoli, A. R., Wehrspann, E. A., & Gold, Z. S. (2017). Causal connections between mathematical language and mathematical knowledge: A dialogic reading intervention. Journal of Research on Educational Effectiveness, 10(1), 116–137. — 数学的言語を組み込んだ絵本の対話的読み聞かせの RCT。数学的言語と数学知識の向上を報告した。
- EEF. Developing mathematical language. Early Years Evidence Store. — 数学的言語を発達させる語りかけの実践を 2 群 6 つの型で整理。効果量や個別研究の引用は示していない。